銀行の語源

英語でいう銀行は「バンク」 (Bank)、そもそもはイタリア語で両替台とし利用されたベンチを意味する「バンコ」 (Banco) が語源らしい。

むかし、イタリアのロンバルディアで、ユダヤ人がベンチに座って、いまの銀行の仕事、つまりお金を集めたり、貸したりしていたことから、バンコ(バンク)が銀行を意味するようになった。

お金の貸し借りには、いざこざがつきものだ。「貸せ」「貸さない」、「返した」「返さない」と言った挙句のはてに、腹を立てた方がベンチをひっくり返す。これが、「バンクラプト」 (bank rupt)で、一巻の終わり、つまり、破産ということになる。

( 引用 : 「金融・経済」の基本がわかる本 高橋文利 )

Bankが日本語で「銀行」と言われるようになったのは、銀行などによると、中国語訳からの拝借のようだ。

司馬遼太郎のに、

なぜ江戸の貨幣が金本位で大阪の貨幣が銀本位だったのかはよくわからない。おそらく大阪が長崎にいたるまでの経済圏の中心であり、この経済圏は長崎の唐人貿易に多分に影響されていたためかもしれない。中国では古来銀本位制なのである。

また、城山三郎の「雄気堂々」 (下巻 p.64)では、

「バンクという英語の訳語をきめたよ」
「何と訳されました」
「金を扱うところだから、金行とでもすべきだが、わが国では銀貨を主に使ってる。そこで銀行と訳すことにした」

と書かれている。

明治4年(1871)に明治政府が公布した「新貨条例」によって、円・銭・厘の10進法の単位の貨幣制度になった。本位貨幣は金貨とする金本位制度としながらも、貿易専用に銀貨が用いられ、明治11年(1878)には国内でも銀貨が通用力を認められたために、金銀複本位制度となった、と 日本貨幣史 (日本銀行金融研究所貨幣博物館)に説明がある。

現在のような形態の銀行の誕生は、中世末期のイギリスであったと、Wikipediaにロンドンのゴールドスミスの話が書かれている。

Chronology of Monetary History 1600 - 1699で、Glyn Daviesの”A History of Money: From Ancient Times to the Present Day”からの抜粋テキストがある。

1633-1672 内外の硬貨の取引や金庫サービスを行っていた英国のゴールドスミスたちが次第に銀行家へと発展していく。

1633 ゴールドスミス (金細工商)が発行する証書が預かり証としてだけではなく支払い能力の証明書として使われるようになる。

1660頃 ゴールドスミスが発行する証書がイギリスにおける紙幣として使われ始める。

1668 Pepysの2月29日の日記に、彼が父親に600ポンドのゴールドスミス・ノートを送ったことを書いている。

1672 すでに巨額にのぼる金をチャールズ2世に貸していたゴールドスミスたちが、王からの追加ローンを断ったところ、王は返済をストップしてしまった。その結果、1670年代後半から1680年代にかけて王に金を貸していたゴールドスミスの大手のいくつかが破産した。

ゴールドスミスとして有名な Child & CoについてのA short history of Child & Co (PDF)というページがある。1660年代に、ゴールドスミスが銀行業へと発展していく一端についてChild & Coが具体例として書かれている。

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